スルターン・ナースィル・ムハンマドのモスク(ムイッズ通りの)
欧米語表記:Mosque of Sultan Nasir Muhammad (al-Mu'izz st.) アラビア語転写表記:Masjid wa Madrasa al-Sulṭān al-Nāṣir Muḥammad (bi-Shāri' al-Mu'izz lil-Dīn Allāh)
スルターン・キトブガーによって1294年に建設が始まり、スルターン・ナースィル・ムハンマドの時代に入った1303年に完成した廟付きのマドラサ。廟にはナースィル・ムハンマドの母アシュルーンと息子のアヌーク(1340年没)が葬られ、ナースィル・ムハンマド自身は父カラーウーンの廟に葬られた。廟のドームは現在も崩壊したままであり、平天井で塞がれている。マドラサは、4イーワーン式であり、礼拝室と向かい合うイーワーンは平天井、副軸上はトンネル・ヴォールトとなっている。ミナレットとマドラサ礼拝室にあるのミフラーブ、および礼拝室と対面するイーワーン奥部のスタッコ装飾が見事であり、特にミフラーブのコンチ内部の装飾はイル・ハーン朝のスタッコ細工と類似する。入口部分は、キトブガーが十字軍との戦いに遠征した際に、アッカーから持ち帰った教会堂の入口であり、ゴシック様式である。