アークスンクル・モスク(1346/7年創建)

欧米語表記:Mosque of Aqsunqur アラビア語転写表記:Masjid Āq Sunqur

マムルーク朝のアミール・アークスンクルによって1346/7年に建設されたモスク。彼はスルターン・ナースィルに仕え、ナースィルの娘婿となり、ナースィルの死後、その未亡人とも婚姻を結んだ。モスクは、カーヒラ(ファーティマ朝の宮殿都市)の南門であるズウェイラ門と城塞を結ぶ通りに面し、東市壁の近くに位置する。中庭を囲む多柱式のモスクであり、太いピア(構造柱)にクロス・ヴォールトが架けられている。円柱に木造平天井が架けられることが一般的であるカイロのマムルーク朝建築において、このような様式はここでしか見られない。西側のファサードの北にクジュク(1342年没、スルターン・ナースィル・ムハンマドの息子)の廟、南に円形断面のミナレットがある。使われたタイルの色からブルー・モスクとも呼ばれるが、タイルはオスマン朝期の1652年に、イブラヒム・アガ・ムスタフフィザーンによって修復された際に張られたものであり、その際には、回廊の南西部にタイル張りの廟が修復者のために設けられた。20世紀末にアガ・ハーン財団による修復が行われた。

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