ミフラーブとキブラ

2021年 03月01日

記事ID:0005

タグ:信仰文化

執筆者:臼杵 悠


モスクを訪れ、その中を見物していると、壁面にある大きな窪みが目に留まる。これは、アラビア語でミフラーブと呼ばれている。イスラーム教徒は、この窪みの方向に向かって礼拝を行う。この礼拝の方向を、アラビア語でキブラと呼ぶ1。礼拝方向の先にあるのは、イスラームの聖域、カーバ神殿である2

1 エスポズィト, 2020: 98, 299.
2 キブラはもともとエルサレムの方角とされていたが、624年に預言者ムハンマドに啓示が下り、マッカ(メッカ)のカーバ神殿に変更された。クルアーンの雌牛章142節から145節には、その経緯が書かれている(黒田, 1983: 75; 森, 2002; 嶋田, 2002)。

ミフラーブはモスクによって様々である。2つ以上のミフラーブが設置してあるモスクも珍しくない3。以下の写真からわかるように、ミフラーブの大きさや形はモスクによって異なっている。大きさで言えば、大きなモスクのミフラーブの高さは4メートルから5メートルほどもある。形はおおよそアーチ形ではあるが、その上部分はドーム型であったり、あるいは三角に近い形であったり、多種多様であることがわかるだろう。

3 羽田, 2002; 深見, 2003: 120.

たいていの場合、ミフラーブには綺麗な装飾が施されている。その模様や色使いもまた、モスクによって異なる。例えば、模様を見てみると、アラビア語のカリグラフィ、あるいはアラベスク(イスラーム文様)といわれる幾何学模様など様々である4

4 小杉・片倉, 2002. ミフラーブの装飾や模様について、より詳しく知りたい方は、深見, 2003の第5章「ミフラーブ」や深見, 2016などが参考になる。

写真1:アッカー(イスラエル)のジャッザール・モスクのミフラーブ(2018年8月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)
写真2:ヘブロン(パレスチナ)のイブラーヒーム・モスク(アブラハムのモスク)のミフラーブ(2018年8月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)
写真3:ヤーファー(イスラエル)旧市街にあるモスクのミフラーブ(2019年1月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)
写真4:カイロ(エジプト)にあるモスクのミフラーブ(2007年8月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)

もちろん、このような豪華なミフラーブばかりではない。こじんまりした小さなモスクのミフラーブでは、石の壁に窪みがあるだけで、特別な装飾がされているわけではない、といったことも多い。例えば、筆者がヨルダン北部にある村の小さなモスクに行った際に見たミフラーブは、石壁に人の身長よりやや大きいサイズのアーチ型の窪みがあるのみで、特に装飾はなされていなかった。真夏であったからか、ミフラーブの上部には扇風機がつけられ、回り続けていたのが印象的であった。

さて、ミフラーブのある方向が、礼拝方向を示すキブラであることは述べた。このキブラがどちらであるかを知ることは、イスラーム教徒にとって大変重要な問題であり、このためにイスラーム圏では測地学が発達したほどである5

5 嶋田, 2002; 中村, 2002; 森, 2002.

現在のイスラーム圏では、キブラは日常生活に溶け込み、頻繁に目にすることができる。ホテルでは、部屋で天井や壁にキブラを示す印を見かけることが多い。ただ、その印は形が決まっているわけではなく、方角を示すシールを貼ってあることもあれば、こちらがキブラだと紙に文字で書いて貼ってあることもある。また、一部の航空会社(特にイスラーム圏)では、フライト中にキブラを示すサービスをモニターで提供しているので、興味のある方は見てみてほしい。最近では、スマートフォンの位置情報を使って、キブラを知ることができるアプリも作られている。イスラーム教徒を取り巻く環境も、時代に合わせてよりいっそう便利になっている。

写真5:ホテル(ヨルダン)の天井にあるキブラを示す印(2015年3月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)
写真6:ホテル(レバノン)の壁にあるキブラを示す印(2015年6月)
©Qalawun VR Project(撮影者:鈴木啓之)

参考文献
井筒俊彦訳. 1958.『コーラン(上)』岩波書店.

エスポズィト, J.L.編. 2020.『オックスフォード イスラームの辞典』(八尾師誠監訳、菊地達也 ・吉田京子訳)朝倉書店(John L. Esposito., ed. Oxford Dictionary of Islam, Oxford: Oxford University Press, 2003).

黒田壽郎編. 1983.『イスラーム辞典』東京堂出版, 75–77.

島田襄平. 2002.「キブラ」日本イスラム協会他編『新イスラム事典』平凡社., 195.

杉村棟. 2002.「ミフラーブ」日本イスラム協会他編『新イスラム事典』平凡社., 473.

中村光男. 2002.「キブラ」片倉もとこ他編『イスラーム世界事典』明石書店., 180.

日本ムスリム協会. 1982. 『日亜対訳・注解 聖クルアーン』.

小杉泰・片倉もとこ. 2002.「ミフラーブ」片倉もとこ他編『イスラーム世界事典』明石書店., 360.

羽田正. 2002.「ミフラーブ」大塚和夫他編『岩波イスラーム辞典』岩波書店.,948.

深見奈緒子. 2003. 『イスラーム建築の見かた――聖なる意匠の歴史』東京堂出版.

—————. 2016. 「ミフラーブ紀行」『イスラーム研究ジャーナル』8: 3–11.

森伸生. 2002.「キブラ」大塚和夫他編『岩波イスラーム辞典』岩波書店., 307.

執筆者プロフィール

臼杵 悠(一橋大学大学院経済学研究科経済史・地域経済専攻・博士後期課程)

Haruka Usuki

1987年生。2014年4月から2016年3月まで調査研究のためヨルダンに滞在、また2018年4月から2019年9月までエルサレムに滞在。著書に『移民大国ヨルダン:人の移動から中東社会を考える』(風響社、2018年)。その他の業績(https://researchmap.jp/h-usu)

ひとこと

アラブ・中東地域の社会経済状況や人の移動に関心を持っています。特にヨルダンを対象に、国勢調査や世帯調査などの統計資料を使って研究を行っています。ヨルダンはパレスチナを含め、周辺諸国・地域から移民や難民を多く受け入れ、発展してきた国家です。ヨルダン国内に積み重なってきたアラブ諸国の歴史や社会構造を読み解いていきたいと思っています。

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