欧米語表記:Jerusalem アラビア語転写表記:Bayt al-Maqdis; al-Quds 別称:イェルサレム
ユダヤ教、キリスト教、イスラームの3つの一神教の聖地。イスラームにとってメッカ、メディナにならぶ第3の聖域。第2代正統カリフ・ウマルの時代の638年にアラブ・ムスリム軍により征服された。ユダヤ教の神殿があったとされるモリヤの丘を聖域ハラム・シャリーフとみなして、ウマル・モスク(岩のドーム)とアクサー・モスクを建設したため、アラビア語ではバイト・アルマクディス(聖なる家)またはクドゥス(聖域)と呼ばれる。
欧米語表記:Mu'izz street アラビア語転写表記:shāri' al-Mu'izz lil-Dīn Allāh
カイロ旧市街の北の門であるフトゥーフ門からアズハル通りに至るまで、カイロ旧市街を南北に貫く約1キロメートルの通り。この通りには、ファーティマ朝カリフの東宮殿・西宮殿と、その間に広がる中央広場があった。この広場は、「2つの王宮の間」という意味のアラビア語で「バイナル・カスライン」と呼ばれた。その後、ファーティマ朝王宮の跡地には、アイユーブ朝、マムルーク朝期を通じてスルターンや有力者によって多くの宗教施設が建設され、中央を南北に貫く通り(現在のムイッズ通りの一部)も整備されて、現在に至っている。
欧米語表記:Mecca アラビア語転写表記:Makka 別称:マッカ
アラビア半島西部にある預言者ムハンマドの出身地であり、イスラーム第1の聖地。イスラーム誕生以前は、中継貿易によって繁栄した商都であった。イスラーム勢力による占領後、カーバ神殿にあった偶像は破壊されて、イスラームの聖域に変えられた。メッカへの巡礼は、イスラーム教徒の内その能力があるもの全員に課された義務となっている。
欧米語表記:Roda Island アラビア語転写表記:Jazīrat al-Rawḍa
カイロ中心部のナイル川にある島。島の最南端には、ナイロメーター(ミクヤース・アンニール)があり、エジプトの農業にとって重要なナイル川の増減水の測量を行なっていた。また、アイユーブ朝末期には、この島にマムルーク軍団の兵舎が置かれたが、この兵舎出身のマムルーク軍団(バフリーヤ軍団)が、アイユーブ朝からマムルーク朝への政権移行の際の中核となり、バフリー・マムルーク朝(前期マムルーク朝)を建設した。