装飾技法の一覧

  • アブラク模様

    欧米語表記:Ablaq アラビア語転写表記:ablaq

    縞模様の建築装飾を指す。名称は、アラビア語のアブラク(交雑)に由来する。この技法は、イスラーム以前のシリアの初期キリスト教建築において、異なる素材(レンガと石)を層状に積み重ね、双方の構造的利点(軽くて弱いレンガと重くて強い石)を利用したことを起源とする。コルドバのメスキータのアーチは、創建当初、この伝統を受け継いでいた。その後、縞模様が装飾的役割を強め、色石を重ねたり、あるいは表面を縞状に塗り分ける装飾技法となっていった。マムルーク朝建築でアブラクを利用したものは、特にシリア地域に目立つ。マムルーク朝のスルターン・バイバルス1世は、1266年にダマスクス郊外に建設した宮殿をカスル・アブラク(縞模様の宮殿)と名付けた。

  • 浮彫

    欧米語表記:relief

    建築装飾において、地の部分を彫り込んで、図の部分を浮き上がらせる技法。例えば、文字装飾では、バックの部分を彫りこむことにより、文字が浮かび上がる。凹凸の程度によって、浅浮彫などの用語も使われる。マムルーク朝の建築では石材、スタッコ、木材などに適応される。

  • 打ち抜き細工

    欧米語表記:perforated work

    板状(石やスタッコ)の部材を紋様状に打ち抜き、透過光によって装飾する技法またはその細工。カイロでは古くはイブン・トゥールーン・モスクの高窓層が知られ、さまざまな幾何学文様が用いられる。マムルーク朝期には、窓の内側に彩色豊かなステンドグラスをはめ込み、窓の外側に打ち抜き細工を用い、二重の模様の重なる複雑な装飾が好まれた。

  • ガラスモザイク

    欧米語表記:Glass mosaic

    小片を集成して図柄を表す装飾技法。小片として色ガラスを使用したものをガラスモザイクという。モザイク技法自体は本来は石を用いており、ヘレニズム以後地中海周域に流布した技法であるが、ガラス・モザイクはビザンツ建築において多用された技法である。イスラーム以後、初期イスラーム時代の岩のドーム、ダマスクスのウマイヤ・モスクに使用された。その後、コルドバのメスキータ(10世紀の拡張部)に使われ、13世紀にアイユーブ朝、マムルーク朝の数例に復古的に使われるが、イスラーム建築においては定着しなかった。

  • 組子

    欧米語表記:muntin

    木製の矩形断面の小さな部品を様々な継手で組み合わせた透かし細工。全体は幾何学文様の構成となる。同じく木製透かし細工ながら、裏表の面は平らになる点は、ろくろ細工のマシュラビーヤとは異なる。カイロにおける組子技法は、マムルーク朝期にさかのぼる実例があるが、マシュラビーヤが普及し現在も使われているのに対し、組子細工は廃れてしまった。

  • 格子細工

    欧米語表記:lattice work

    「格」には骨組み、あるいは方形に組み合わせるという意味があり、格子は狭義には細く長い材を縦横に間をあけて組んだものを指す。アラブのイスラーム建築においては日本の障子の桟のような格子細工は存在しない。透かし細工にする場合、小さな部品を組み合わせる組子細工(参照)やマシュラビーヤ(ロクロ細工)、あるいは石やスタッコを打ち抜く打ち抜き細工とすることが通例である。

  • コスマテスク

    欧米語表記:cosmatesque

    色石の象嵌細工の様式を指し、中世イタリアを中心に、ヨーロッパの教会堂に広まった。細かな幾何学図形を用いることに加え、円柱を輪切りにした円形を主たる構成とする点が特長である。その名は、12世紀から13世紀のローマで一族で色石のモザイクを作成したコスマティ家に由来する。地中海世界においては、多色の大理石を象嵌にして模様や図柄を表現する手法が伝統的にある。そうした中で、コスマテスクが成立した背景には、当時のラヴェンナのビザンツ建築、パレルモのノルマン建築からの影響、さらに既存の建物に使われた石材がローマには豊富に存在したことなどの複数の要因が重なったことがあげられる。マムルーク朝建築の色石細工の発展には、地中海のイスラーム治下の技法とともに、キリスト教圏の事例も視野に入れるべきである。

  • 漆喰透かし細工

    欧米語表記:perforated stucco work

    透かし細工は、素材の背面まで通じる部分を作ることによって、地と図を表現する技法で、残された素材部分とその間の空間部分から構成される。素材として漆喰板を用いたものを漆喰透かし細工と呼び、漆喰の板を模様に沿って糸鋸等で打ち抜くことによって、製作される。石に比べて容易く切り抜けるために、透かし高窓等に頻繁に利用された。中東のイスラーム建築においては透かし細工の素材としては、石、木、スタッコ、レンガなどが用いられ、木やレンガの透かし技法では、大きな素材を打ち抜くのではなく、小さな部品を集成する技法が用いられた。

  • 真珠母貝(螺鈿[らでん])

    欧米語表記:inlaid mother-of-pearl work

    螺鈿細工とは、貝の内側の光沢層を象嵌した装飾技法を指す。美しい貝を小さく刻み、台となる素材に嵌め込み、表面を磨きだして模様を表現する。真珠を産する貝が光沢を持つことから、英語では真珠母貝細工と呼ぶ。カイロのマムルーク朝建築では、石製のミフラーブ(メッカの方角を示す建築装置)等に、細長い帯状や小さな幾何学図形に切り取った貝の破片を埋め込んだものが見られる。また、マムルーク朝初期には、ガラス・モザイクの中に、白い円形の貝殻をはめ込み、真珠を表現したものもある。象嵌の台となる素材は、石だけではなく木が象嵌の台となることもある。

  • スタッコ装飾

    欧米語表記:stucco, plaster

    スタッコとは、水と砂に結合剤(石灰や石膏)を混ぜた建築材料で、形成しやすく乾燥すると非常に固くなるために、装飾材料として好んで用いられた。なお、日本の伝統的な壁に用いられた左官材料としての狭義の漆喰は、石灰岩を焼いて糊やスサを混ぜたものを指す。中東において、スタッコは造形の自由度から手の込んだ浮き彫り作品とすることが多いが、そのほかの装飾技法としては、彩色、打ち抜きなどもある。

  • ステンドグラス

    欧米語表記:Stanied Glass

    色ガラスを用いた窓装飾のことを指す。中東のステンドグラスは、ヨーロッパのゴシック建築で発達した鉛接合の技法とは異なり、アラベスク模様等を打ちいたスタッコ板の裏側に色ガラスを貼る技法を用いた。古くはシリアのラッカの宮殿跡からその一部が発掘され、アッバース朝期あるいはザンギー朝のものとされる。イエメンのサナアには透過性のある雪花石膏の板を貼り付けたものもある。マムルーク朝期には手の込んだステンドグラスが作られたが、その多くは現存せずに近代の修復作品に置き換わっている。

  • 大理石モザイク

    欧米語表記:marble mosaic

    モザイクとは小片を集成して図柄を表す装飾技法をさし、小片として大理石を用いたものを大理石モザイクという。ただし、大理石は狭義の石灰岩の変成岩だけではなく、鮮やかな色の石を含み、また石の場合は小片を寄せ集めて集成するだけでなく、母岩に小片を象嵌した技法も総称する。マムルーク朝建築においては、床や腰壁(人の背くらいまでの壁の下部)を飾る大まかな細工から、ミフラーブ等を飾る詳細な細工まで様々である。前者の中には、当時イタリアから運ばれたものもある。また、後者においては、青いファイアンスや真珠母貝などをその部品として用いることもある。

  • ムカルナス

    欧米語表記:muqarnas, stalactite, honey comb vault アラビア語転写表記:muqarnaṣ 別称:鍾乳石飾り、蜂の巣天井

    イスラーム建築で使われる持ち送り構造の装飾の一種。イスラーム建築で特異に発展した建築装飾技法で、小さなアーチで縁取られた小曲面を水平方向に並べ、さらに垂直方向に重ねることによって構成される。有機的な構成に見えるが、その配置法は平面幾何学に則っている。マムルーク朝においては、ドームの移行部と入り口セミドーム部分をムカルナスとすることが定着した。

  • ムカルナス・コーニス(鍾乳石軒飾)

    欧米語表記:muqarnas cornice

    ファサードのコーニス(軒)部分に設置されたムカルナスを指す。最上部の連続するコーニスを飾る場合と、その下の窪み上部の直線部を飾る場合がある。また、ミナレットのバルコニー部分にもムカルナスが用いられた。

  • ろくろ細工

    欧米語表記:turnery work アラビア語転写表記:khirāṭa

    回転する装置としてのロクロ(回転する切断機)は陶芸などで用いられるが、エジプトにはロクロを用いて木材を加工する技法がある。円形の断面形が変化していく小さな部品を作成し、それらを接合して背後が透かしてみえる細工を作るもので、アラブではマシュラビーヤと呼ばれる。空気や光を透過するが、外部から内部の様子が見えない特性を利用して、住宅等の窓の格子として使われる。

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